大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6419号 判決 1998年1月30日
原告
仲野治
被告
辻岡邦夫
主文
一 被告は原告に対し、金一九二万円及びこれに対する平成七年六月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを九分し、その八を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金一七七一万五四九〇円及びこれに対する平成七年六月三〇日(事故日の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、普通乗用自動車を運転中、追突され傷害を負った原告が、追突車両を運転していた被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づいて損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
(一) 日時 平成七年六月二九日午後八時五〇分頃
(二) 場所 大阪府吹田市春日一丁目五番先路上
(三) 関係車両
第一車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪三四な九四八四号、以下「原告車」という)
第二車両 被告運転の普通乗用自動車(大阪七七や四六五九号、以下「被告車」という)
(四) 事故態様
被告車が原告車に追突した。
2 被告の責任原因
被告は、被告車の運行供用者であり、自動車損害賠償保障法三条の賠償責任を負う。
二 争点
1 後遺障害の有無、程度
(原告の主張の要旨)
原告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰部挫傷の傷害を負い、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一四級に相当する後遺障害を残し、その労働能力の五パーセントを一年間喪失した。
(被告の主張の要旨)
原告の主張する後遺障害は他覚的所見にかけるものであり、等級表上の後遺障害に当たらない。
2 損害額全般 特に休業損害
(原告の主張額)
(一) 営業上の逸失利益 一一七八万二一九〇円
原告は、「クリエイトナカノ」の屋号で、水着の製造・販売業を営んでおり、営業全般、生産管理、資金繰り等その営業活動全般を一人で担当していた。原告が、本件事故による傷害で稼働できなかったため、クリエイトナカノの営業活動はほぼ麻痺状態となり、既に受註していた件について生産が遅れ、納期を守ることができなくなったり、あるいは注文が来たにもかかわらず、これを断らざるを得なくなったため、以下のような損害を蒙った。
内訳
(1) 販売先への納期に遅れたことによる損害
<1> ニホンセレクション株式会社に対し 一四〇万〇四〇〇円
原告は、ニホンセレクション株式会社に対して、水着を一着二九〇〇円で販売する契約を締結していたが、納期を守ることができず、実際に納品できたのは平成七年七月末になってからであった。そのため、遅延損害金の趣旨で、一着について四〇〇円の値引きをせざるをえなかった。原告は、同社に対し、その価格で三五〇一着を販売したため、その値引き分一四〇万〇四〇〇円が損害となる。
計算式 四〇〇円×三五〇一着=一四〇万〇四〇〇円
<2> 西川光男に対し 五七一万一七九〇円
原告は、西川光男に対して、水着を一着三七九〇円で販売する契約を締結していた。西川はこれを更に一着五一三〇円で他に販売しており、西川が他へ販売できたものについてだけ西川は原告へ代金三七九〇円を支払い、売ることができなかったものについては、西川は一着について一〇〇〇円だけ支払うことになっていた。
本件の事故前の五月末が納期であった第一回納品に際して、原告は西川に一万三四五八着を納品したところ、西川はこの内一万〇四一一着を販売した(販売率七七・三六パーセント)。
ア ところが、事故後の第二回納品の四三九七着については、原告は本件事故による傷害のため納期を守ることができず、納品できたのは八月初めころであった。水着が最も売れるのは七月二〇日から八月一〇日ころまでであるが、その前半をふいにした形になったために、西川はこのうち二〇一八着しか売れなかった(販売率四五・八九パーセント)。納期を守ることができたとすれば、第二回納品の販売率が第一回の販売率七七・三六パーセントを下回ることはなく、したがって、西川において少なくとも三四〇一着(四三九七着×〇・七七三六)は販売できたはずである。
よって、前記三四〇一着から実際に販売できた二〇一八着を差し引いた一三八三着については、原告は本来西川から一着について三七九〇円の代金の支払を受けられるはずであったが、一〇〇〇円しか受け取れないこととなった。この損害分は三八五万八五七〇円である。
計算式 (三七九〇円-一〇〇〇円)×一三八三着=三八五万八五七〇円
イ また、西川は、納期どおりに納品されていれば、これを他に販売することによって、一着について一三四〇円(五一三〇円-三七九〇円)の利益を得られたはずであった。したがって、西川は少なくとも以下の損害を受けたとして、原告に対して一八五万三二二〇円の損害賠償の請求をしている。
計算式 一三四〇円×一三八三着=一八五万三二二〇円
ウ アイの合計は五七一万一七九〇円である。
(2) 注文を受けられなかったことによる損害 四六七万円
原告は、事故後の、七月初めころ、三社から水着の注文を受けたが、納期までに納品することが無理であると判断し、これらの注文を全て断った。
右注文の内訳は一着について八〇〇円の利益が出る水着について二社がそれぞれ二〇〇〇着づつ、七〇〇円の利益がでる水着について一社から二一〇〇着であり、原告が注文を断らざるを得なかったことによる損害は四六七万円となる。
計算式 八〇〇円×(二〇〇〇着+二〇〇〇着)+七〇〇円×二一〇〇着=四六七万円
(二) 後遺障害による逸失利益 八五万六八〇〇円
計算式 一八〇〇万円×〇・〇五×〇・九五二=八五万六八〇〇円
(三) 通院慰謝料 七〇万円
(四) 後遺障害慰謝料 八五万円
(五) 自動車の評価損 五五万一三〇〇円
(六) 代車費用 八六万五二〇〇円
(七) 違約金 五〇万円
原告は、本件事故以前に、原告車を第三者に売却する契約を締結し、内金五〇〇万円を受取っていた。ところが、本件事故のために右売買契約を解除せざるを得なくなり、違約金五〇万円を相手方に支払わざるを得なかった。
よって、原告は被告に対し、(一)ないし(七)の合計一六一〇万五四九〇円及び(八)相当弁護士費用一六一万円の総計一七七一万五四九〇円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成七年六月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告らの主張)
損害の主張は全て争う。特に(一)(七)は、特別損害であり、被告は賠償責任を負わない。
第三争点に対する判断
一 認定事実
証拠(甲二、四の1、2、五ないし八、九の1、2、一〇、一一、一二の1ないし3、一三、一四、原告本人)によれば次の各事実を認めることができる。
1 本件事故の発生及び原告の治療経過
原告(昭和八年七月一八日生、当時六一歳)は、事故日である平成七年六月二九日、小西病院へ通院の後、翌三〇日後記クリエイトナカノの事務所近くの樋口医院において診察を受け、頸部痛、腰部痛を訴え、頸部捻挫、腰部挫傷の診断を受け、同病院に平成七年一一月一八日まで通院した(実通院日数一〇四日)。
原告は同年七月一日から牽引等の理学療法、赤外線療法を受けたが、頸部の痛みが継続した。
2 症状固定
原告は、平成七年一一月二日、症状固定の診断を受けた。その際の後遺障害診断書(甲二)によれば、頸部の他動的回転、圧迫時に疼痛があり、雨天曇天時に、頸部から肩にかけて凝り感が強くなる等の所見がある。
自動車保険料率算定会は原告の障害は等級表上の後遺障害には該当しないとの判断を示している。
3 原告の現在の訴え
原告は、現在も、天候が悪いと頭が冴えず、時折腰痛がある旨訴えている。
4 就労状況
原告は、「クリエイトナカノ」の屋号で、水着の製造・卸業を営んでおり、事務員一名、出荷担当者一名、裁断を担当するものが二名、見本の縫製に従事するパートタイマーが二名であり、原告は、商品の展示場の開催、見本製品の指示、生地の注文、仕入れの指図をなし、営業全般、生産管理、資金繰り等の営業活動全般を一人で担当していた。また、縫製は下請けに出していたが、下請け企業との打ち合わせ、指図も原告においてこれをなしていた。原告の商品の五〇パーセント余りは鳴門市にある鳴門繊維に下請させ、鳴門繊維にとっては、原告からの発注が全体の仕事の三〇パーセント余りを占めていた。そして、原告は毎年五月末から七月までは、毎週のように右工場に足を運び、打ち合せ、督促等をなしていた。
原告は、事故後、数日は休み、また通院及び前記症状のため仕事時間が制限されていたものの、勤務は継続していたが、鳴門繊維に出向くことはできず、電話で督促をなすにとどまっていた。
5 納期の遅れ
(一) 原告は、ニホンセレクション株式会社に対して、納期を平成七年七月二〇日(以後断りのない月日は平成七年である)として水着四〇〇〇着を一着二九〇〇円で販売する契約を締結しており、各下請け企業に七月二〇日を納期として受注を済ませ、生地の裁断も終わっていたが、右下請け企業からの納品が遅れ、実際にニホンセレクションに納品できたのは七月末になってからであった。
そのため、ニホンセレクションから値引きを求められ、交渉の結果、一〇月二〇日、四〇〇〇着のうち三五〇一着について一着当たり四〇〇円の値引きをすることで話し合いがついた。
(二) 原告は、西川光男に対して、水着を一着三七九〇円で販売する契約を締結していた。なお、西川はこれを更に一着五一三〇円で他に販売しており、西川が他へ販売できた商品についてだけ西川は原告へ代金三七九〇円を支払い、売ることができなかった商品については、一着について一〇〇〇円だけ支払う旨の合意がなされていた。五月末が納期であった第一回納品に際して、原告は西川に一万三四五八着を納品したところ、西川はこの内一万〇四一一着を販売できた。しかし、七月二〇日を納期とする第二回納品の四三九七着については、前記鳴門繊維に七月二〇日を納期として受注を済ませたものの、鳴門繊維からの納品が遅れ、実際に西川に納品できたのは八月初めころであった。西川は、「納期どおりに納品されていれば、これを他に販売することによって、一八五万三二二〇円の利益を得ることができたはずであった。」として原告に対し右金額を請求し、原告は西川と交渉した結果、次年度からの西川への納入価格を値引きする旨の合意がなされた。
(三) 原告は、七月初めころ、三社から水着の注文を受けたが、納期までに納品することが無理であると判断し、これらの注文を断った。
なお、水着が最も売れるのは毎年、七月二〇日から八月一〇日ころまでであり、平成七年は猛暑のため、水着の売上は極めて好調であった。
6 収入状況
クリエイトナカノ関係の平成五年の営業収入は四億一三二一万六二七九円、営業所得は二〇三一万九四九八円であり、平成六年はそれぞれ四億二七七五万八四四四円、一八六九万四八三六円、平成七年はそれぞれ四億四八六四万六九四五円、二三〇五万三六九一円、平成八年はそれぞれ五億一〇八五万九一六四円、二四七二万一八二六円であった。
二 争点1(後遺障害の有無、程度)についての判断
原告の愁訴は他覚的所見に乏しく、またその愁訴の内容に照らしても原告の労働能力に影響を及ぼす程度に達していない。よって、原告の後遺障害の主張は理由がない。
三 争点2(損害額全般)についての判断
1 営業上の逸失利益(休業損害) 〇円
(主張一一七八万二一九〇円)
前記認定のように、販売先への商品の納入の遅れは、下請け企業から原告への納品の遅れによるものである。これが生じた原因については、平成七年が猛暑であり、原告以外からの製品の注文が殺到したこと等様々の要因が想定できるもので、原告が下請け企業に赴いて督促をなさなかった故に生じたということは確定できない。仮に、このことが下請け企業からの納品の遅れの原因となったとしても、納期に遅れたのは、下請け企業の責任に他ならず、これによって生じた損害を被告に負わせるべきものではなく、右損害と本件事故との相当因果関係は肯定できない。
また原告の傷害の部位、程度、就労状況に照らすと、事故後注文を断ったことが原告の傷害故であったということも確定できない。
2 逸失利益 〇円
(主張 八五万六八〇〇円)
前記のように、原告の労働能力に影響を与えるような後遺障害の存在は認められない。
3 慰謝料 一三〇万円
(通院慰謝料七〇万円、後遺障害慰謝料八五万円)
原告の傷害の部位・内容・程度、通院期間・状況の他、原告には労働能力に影響を与えるものではないが、一定の身体的不自由が残ったこと、原告は傷害を負い、治療中であったにも拘わらず就労を継続し、その間の肉体的苦痛は大きなものがあったと認められること等本件審理に顕れた一切の事情に鑑み、右金額をもって慰謝するのが相当である。
4 代車代金 四二万円
(主張八六万五二〇〇円)
証拠(甲四の1、2、原告本人)によれば、原告は原告車の修理期間中、代車としてベンツを二八日間使用し、代車代八六万五二〇〇円を支払ったことが認められる。
しかし、原告がベンツのような高級車を必要としたという証明はなく、一日当たり一万五〇〇〇円の割合で代車代を認めるのが相当であり、これに基づき相当代車代金を算定すると前記金額が求められる。
計算式 一万五〇〇〇円×二八日=四二万円
5 自動車の評価損 〇円
(主張五五万一三〇〇円)
ニホン自動車査定協会が原告車が本件事故によって、五五万一三〇〇円の減価を生じた旨の証明書(甲三)を作成しているものの、原告車に修理後もなお機能に欠陥を残すなど客観的価値の減少があったと認めるに足りる証拠はない。したがって、評価損の主張は理由がない。
6 違約金 〇円
(主張五〇万円)
証拠(甲一三、原告本人)によれば、原告は本件事故以前に、知人との間で、原告車を一〇〇〇万円で売却する旨の契約を締結し、内金五〇〇万円を受取っていたこと、本件事故後、知人から事故車は購入したくないと言われ、右売買契約を解除し、違約金五〇万円を相手方に支払ったことが認められる。
しかし、右損害は特別損害であり、被告においてこれを予見できなかったから、本件事故と相当因果関係がある損害とは言えない。
第四賠償額の算定
一 第三の三の合計は一七二万円である。
二 弁護士費用 二〇万円(主張一六一万円)
一の金額、事案の難易、請求額その他諸般の事情を考慮して、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は二〇万円と認められる。
三 結論
一、二の合計は一九二万円となる。
よって、原告の被告に対する請求は、右金額及びこれに対する本件事故日の翌日である平成七年六月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 樋口英明)